<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>


2016.07.26 Tuesday  わたしには誰にも負けないものは何もない。

通勤の途中
総武線から山手線に乗り換える三歩手前
久しぶりに、世間のことについて考えた。

ああ、こうやって、わかりきったことをあえて言葉に置き換える動作って久しぶりだな。
そいや、なんでそういうことするのやめたんだっけかな。
わかりきったことを口にしたり、言葉にして何になるのだ。
誇示、優越感、悦に浸る感じ。そういうのを身に纏って振りかざす人がいけすかなかったからだっけ?
頭で考え続けて手足が一歩も出ないで転がる楕円になりたくなかったからだっけ?
そんなことはもう忘れたけれど
わかりきっていると思い込んでいることを口にしたり言葉にしたり
その先をシャットアウトする癖ばかりがついていくと
それはそれで、こうも人間くだらなくなってしまうものだなとふと思った。
なんでその真ん中ができないもんかなあ。と
にが笑いしながら
久しぶりに考えた世間のことは
8年ほど前に考えた世間のことと
ほぼほぼ変わらなかったことに
思いの外驚愕して、でも5秒後には
あ。まあ、そらそうか。と納得。
わたしは随分長い間、生き方を変えていないのだ。


先日、左耳が聞こえなくなり
近所の耳鼻科に行くも、閉業。
どうしよう。と、記憶をたどりに別の耳鼻科へ。
数年前、この平成の時代に「栄養失調」を言い渡されたあの耳鼻科。
謎の体調不良に見舞われ
内科、外科などなどたらいまわされ
「ああ、その症状だったら耳鼻科に行ってください、うちじゃあわかりませんよ」と
なぜか耳鼻科に回されたあの日。
そいやなんで耳鼻科で栄養失調ってわかったんだっけ
あ、べろをみてもらったんだっけなあ。なんてぼんやり思っていたら
まさかの突発性難聴を言い渡されまたも驚愕。
1週間くらいで治るらしいけど、
なかなか不便な数日を過ごすのでありました。

今日は久しぶりの休日だったので
友達とお出かけ。
ふ。と、駆け抜けたのは見慣れた景色。
見慣れた時間。
あ、もしかしてと周りをぐるっと見渡したら
見慣れた、懐かしい姿を見つけた。

相変わらず仕事はうまくいかなくて
小さいことでぐずぐず悩んだり
つっぱねたりしながら
どんな場所でも
誰にでも替えのきく立場を必死に連ねてる。
誰にでも替えのきく存在や立場でも
必死にならないと、連ねられない。
そういう、種類の、自分を、投げ出さない努力をやめないようにしようと改めて思う。

久しぶりに、部屋の大掃除。
ゴミ袋20個分くらいのものを捨てたのに
案の定なにも変わらないこの部屋の不思議。
穴の空いた壁を修理して
壊れてしまった電気のパーツを組み替えて
古くなった調味料を全部捨てて
ほこりをかぶった瓶やらお皿やらを全部洗う。

夏の夜の匂いがして
うまく言葉に組み替えられない気持ちを全部並べて
今日も眠れず、ただ朝を待つ。


今度のおやすみは、シーツや枕カバーを洗おう。
梅雨、明けてるといいなあ。


またね。




2016.06.09 Thursday  欲しい答えはどこにもないのはその分自分が甘えている証拠

がんばれ三十路。負けるな三十路。

意気込む休日。

仕事が営業停止になって
あわあわ探して、
なんとか就いたばかりの仕事ですが
色々思うことあって、転職活動をしに新宿へ。
新宿3丁目と新宿御苑の間くらいに位置したその場所へ向かう時
そういえば
去年の今頃は毎日新宿御苑近くのカレー屋で働いてて
その店はたった数ヶ月で潰れちゃったし
いい思い出なんかもろくにないけど
まあこうして、このあたりに来ると
思い出す景色はそこそこあるもんだな。と思う。
あまりにお客さんがこなくて
毎日毎日、チラシ配りをした。
その時歩いた道々。
じりじり焼ける肌の音と
一休みに立ち寄る公園の数。
家に入れない、家族と連絡がとれない、助けて!って
泣きついてきた小学生の男の子のことと
どうしようもない不安ばかりに駆られていたことくらいしか
浮かばなかったんだけれども。

面談のあと、ちょっと歩こかな。と
大久保駅まで向かう途中に
さっと過ぎ去った花園神社に厄年の看板。
げー。もうすぐまた厄年か。
前回は散々だったけど
どうせ今回も
どうにもついてなくて、ちょっと苦しくて
でもなんとかそこそこ生きてく感じ。
そういう3年間が浮かぶ。
なんだかわたしの人生は
それの繰り返しばっかだな。と苦笑いしながら
待ち受けるキャッチ陣をかわし
大久保駅手前
いつだかの職場の先輩から電話が来て
久しぶりに自分の話をしたような。
そうか、最近友達ともあっていないし
今の自分の話をすることが
めっきりなかったもんな。
あ、なんかちょっと一息つけた気分。
なんか、ありがたいな。なんて思ったりしながら電話を切って、電車に乗り込む。
高円寺について
ロータリーで熱唱する少年の歌を聴きながら信号を待つ。
携帯電話の向こう側〜とかって単語が聞こえて
数日前の仕事おわり
顔を出した知り合いのお店で
知らない人同士、店長に押しやられた着いた席。
相席した人が、仕方なし、わたしに投げかけた言葉に対して
スムーズな返答ができなかったわたしと喋っている時の
そのひとの居心地悪そうな顔を思い出して
結局わたしは、誰かを楽しませたりするような会話も持ち合わせちゃいないし
自分のこと、わりかし普通だし、わりかしちゃんとしてると思いながらも
他人と共通できる、共有できる
もの、きもち、こどばを
正直なあんも持ち合わせてないんだな。って
30年生きてきたわりに
未だに苦手なことばっかりで
そうか、最近のわたしはそれに心を痛めていたんだな。ってことを思い出して
ああ、曲つくりたいな。
先月作ってた、なんかテンポと音の種類の気分だけでつくるやつじゃなくて
きもちの乗った、言葉を置いた
そういううたが、つくりたいな。って思いながら
青信号、純情商店側を渡る。

玄関に置きっぱなしだった、いらない本を売って
貸本屋で借りてた漫画を返して
冷蔵庫の中の古くなった野菜とかを炒めて
あ。ビールのみたいな。いや我慢。
最近自分のつくるご飯おいしくないな。
食べたいものじゃないものを食べてるような。
体が生野菜食べたい!っていってるのに
ダメになる手前まで野菜を放っておいて
結局こうやって炒め物にしてしまうところとか
豚肉茹でて、大根おろしと大葉と生姜で食べたいなって思いながら
カレーパンかじってるとか。
そういうのが多いなあ。とか。
くだらないこと考えながら、
ふと部屋を見渡して
ああ、静かだな。
お金貯めてテレビでも買おうかな。とか思いながらサクソンシュアーのアナログを手にとって
あ。レコードプレイヤーのゴムがのびちゃってたんだ。と思って元の位置に戻す。
こういう、無駄な行動も増えた気がする。
という
うだつのあがらない毎日の、うだつのあがらないブログです。

結局は、いろんなものの間に合わせで
毎日をのりきっているだけなんだよな。
食べ物も、時間も、人間関係も。

むかあし、むかしといっても数年前
まだ音楽を全面的に信じていた頃
漫画喫茶で読み返すこと数回
結局買って、結局売り払った漫画のひとつを
ここ最近借りて一気読みしたんだけど
台詞ひとつひとつ覚えてるくらい読み返した漫画だからじゃなく
思いの外ぐっとこなくて
でも案の定泣きながら読んで
自分が負けてるものものを思い返す。

昼の職場で
昔のわたしを見ているような
そんな女の子がいる。
仕事おわり、よく、そのこの話を聞く。
ただ聞く、時々励まして、時々アドバイスにもならないアドバイスをして
時々、大丈夫?って声をかけて
まあ、簡単な話、何もしてあげられてはない。
その子は
不器用で、容量が悪くて
いつもいつも怒られてたり、あたられてたり
頑張っている自覚がある分追い込まれて
頑固になって、素直さを見失って
からまわって、ミスが多くて
でも頑張っている。
わたしに年の近い、年下の先輩が
あのこ、絶対病気だから、精神病院とかいった方がいいと思う。
安定剤とかのんだほうがいいよ。
この仕事じゃなくても、他の仕事も続かないと思う。
って、わたしに耳打ちする。
そして思う。
そしてその思うことに対して
言いたい言葉が見つかるようで見つからなくて、飲み込む。
そして乗り切る。
そういうのに、少し嫌気がさして
自分が嫌いになる。
仕事を変えようと思うことのたくさんあるなかの一番の理由は
多分、そういうところ。
自分が変わらなきゃいけない部分を
環境のせいにしてるのに
ここではそれを頑張ろうと思えないと思っているところ。

残した野菜炒めが冷えて、油がかたまってる。
稲田さんに餌をあげて、洗い物をして、
あれ、おかしいな。今日は24時には寝ようって思ってたのに
まだ、なんにもできてないや。


またね。





2016.05.29 Sunday  つみあげた

高円寺、ワンルームのボロアパートが
もうここ6年越えのわたしの家。

床はところどころゆがんでいるし、くぼんでいる。
壁には穴が空いているし
立て付けと立て付けの間には大体隙間がある。
何が言いたかっていうと
まあとにかくボロい。ということが言いたい。

そんなワンルームのボロアパート。
台所と称した小さなスペースの一角
冷蔵庫の上に、オーブンの上に、電子レンジ、の上に
缶詰、瓶、埃が積み上げられている。

夜、すべてのあかりと音を消して布団に潜ると
がたがたの床の上に
がたがたしたまま置かれた冷蔵庫の上のオーブンの上の電子レンジの上の
缶詰、瓶、埃
それぞれが微妙に音を出し
鈴虫やこうろぎの羽音のような音になる。

田舎で過ごしていた18年間
耳にこびりつくほど聞いた
夏終わりの真夜中の、鈴虫やこうろぎの羽音。
それによく似た音になる。

それを聞くと
まあ、このボロアパートも悪くはないが。と思える。
この貧乏暮らしも悪くはないが。と思える。

結局は、そういうところ。

※※※   ※※※   ※※※   ※※※


仕事終わり
野暮用のため新宿で降り
用事を済ませて戻ってくると
16番線ホームでは
12番線で人身事故、全線見合わせのアナウンスが鳴り響いていた。

普段だったら
別の駅まで歩いて、別の電車にのったり
隣の駅まで歩いて、電車が動くまでの暇つぶしに当てたりするんだけど
いつだかのブログに書いたように
ものづくり復帰として
数ヶ月前から人身事故からはじまる小説を書いていて
どうも現実味に欠ける表現から脱出できないわたし。
人生で1度も野次馬になったことがないわたし。
いろいろなものと葛藤していた16番ホームにいるわたしは
以前結構親しかった人を見かけ
あああ・・・・
前のブログに書いたように、最近人と話すのが嫌なわたしは
気づかれないようにこそこそ移動。
ああ、でもあの人も高円寺下車なんだよなあ。
別車両に乗っても・・・・
うーん・・・
よし、中央線で中野まで行って、そこから歩いて帰ろう!と
中央線へ向かい、見上げた電光掲示板の先には
12番線ホームの記載があった。

面白半分や好奇心で
そういうものに立ち入ることが
どんなに失礼で浅はかなことか重々承知しているので
やっぱりどこか気が進まなくて
でも書きたい作品があって
伝えたいことがあって
でもさ
結局それは趣味な訳だし
わたし個人の問題だし
そんなもののことのために
こうして野次馬のような行動とるってどうなの。とか
12番線に着てもまだ尚うだうだし
踵を返したその先
そこがちょうど、飛び込みの現場だった。

立ち入り禁止の札もなく
予想よりはるかに多い野次馬。
みんなあからさまに身を乗り出して
その顔はみんな、びっくりするほど「わくわく」してた。
明らかな笑み、高揚する頬
そこにあったのは
あからさまな他人事感と、好奇心のグルーヴだった。

あまりのその空気感に押しやられ
それ以上その場所には近づけず
遠巻きから見えるのは、
電車の正面ガラスにできた、細かい円形状の衝撃と
4、5人で取り囲んだブルーシート。
車体前輪に「まだある!」といって手を伸ばす制服を着た男性。

あまりの人の多さに
少し場所を移動すると
壁にもたれかかり、
吐き泣きながら、震える手でティッシュを握りしめ
制服を着た男性に何かを話している初老の女性。
そしてその話を手帳に書き込む制服の男性。
12番線はびいいと大きな警報が鳴り響いていて
その会話はまるで聞こえなかった。

その場にいた人たちに撤退の指示が入り
16番線ホームに戻る。
電車が到着し
乗り込んだ女性客2名が
「靴が揃えてあったね。」
「怖いね。」
そんな会話をしながら
満員電車、乗り込む乗客に押し流されて
ドア付近で立ち止まっていたわたしには
その会話もまあるで聞こえなくなった。

きっと何人かは家に帰っていうんだろう。
家族だったり、恋人だったりに
今日人身事故があってね
ホームにその人の靴が揃えてあったんだよ。とか
飛び込んだのは、女性だったらしいよ。とか
今日の夜のうちに、
その会話はあらかた誰かに吐き出され
明日の朝には
大抵の人が今日のことを忘れはせずとも
「わざわざ誰かに話すほどの小さなニュース」という札を外してしまうんだろう。
目撃して、吐き泣きながらも何かを伝えようとしていた
初老の女性と、その近隣の人たち
そういう、その場に対して
その人に対して
「とくべつ」な人たち以外は
きっと
明日の朝には、今日のことは、昨日のこととして
もうそこで置き去りにされてしまうんだろうなと思った。

このブログは単なるメモなので
メモなんだけど、
最後に一つだけ。
自分の乗っている電車が
どこかで起きた、人身事故の影響で止まった時
「ラッシュの時間に飛び込むなよ」とか
「人身事故とか他人の迷惑考えろよ」とか
「こんな迷惑な死に方しかできないなんてクズだから死んで当然」とか
そういう声を、すごくよく聞く。
けど
ついさっき、人身事故が起きたばかりのホーム、その隣のホーム
「当駅12番線で人身事故が発生しーーー」
そのアナウンスが垂れ流されているその場所に居合わせた人たちの中
わたしがすれ違った人たちは
誰ひとり、そんなようなことを口にしていなかった。

見ず知らずの誰かが飛び込み自殺をしたことはかわりないのに
そこに自分が居合わせているかいないかで
(単純に通勤ラッシュじゃなくて、土曜日の22時っていう日時のせいもあるかもだけど)
こんなにも変わるもんなんだな。と
そこがなんだかすごく不思議だった。

※※※   ※※※   ※※※   ※※※


最近。
仕事のない時は、ひたすら漫画ばっかり読んでいる。
中学生の頃以来に
手当たり次第漫画を読む。
タイトルも作者も思い出せない漫画を
部活前にお茶漬けをかっこむような感じで読む。

お弁当箱洗わなくちゃ。

またね。




2016.05.28 Saturday  とぎれとぎれ

何週間か前
グラビアアイドルのお友達、
でんちゃんの誕生日イベントで
出張ごんもり食堂をさせていただきました。
ごんもり食堂の中でも最多の20名分。
&出張ときたら、作れる料理も限られるので
なにしようどうしようなにしよう。
しかも前日に腰を痛めてしまい
食材を買い集めるだけでひーこらひーこら。
休み休み料理をしてたら
どうしよう!間に合わない!と
わたわたしっぱなしの2日間でした。

ただただ
とても良い勉強になりました。

料理人でもなんでもない自分としては
とても良い機会を与えてもらえて嬉しかった。
でんちゃんには感謝。
イベントが終わったあとも
でんちゃん、ファンの方々の
わたしの料理の反応を教えてくれたり
自分が主役の誕生日イベントの裏
こんなわたしにまで気を使ってくれて
こういう心遣いができるのが
やっぱりでんちゃん。だなあ。と改めて尊敬しました。
そしてさらに改めまして、おそくなりましたが30歳おめでとう。
わたしの誕生日がくるまでしばらく同い年。
わーい。

余談としては
誕生日イベント、わたしはほとんど裏にいたので
なにがあったのかはさっぱりですが
喋るの苦手なでんちゃんが
一生懸命に伝えようと喋っている姿がとても印象的だった。
かっこういいぜ。
あと楽屋!
頂き物でできた、お酒の山。
これもさすがでんちゃん。笑
こういうところも含めて好きだ。
でんちゃんよくいう。
自分のファンはいいひとばっかりだ。って
本当そうだなあ。と思う。
ぜんぶをぜんぶ知っている訳じゃないけど
誕生日イベントの空気感とかで、それは充分に感じられた。

でした!


そうそう
腰がね、やばいことになりまして
腰痛で動けなくなり仕事を休むという
なんとも間抜けですが一大事。
腰痛いという人、周りに結構いたけど
あんまりピンときてなくて
ふむ、そうか、大変だな。なんて
そんな反応してしまった皆様にあやまりたい・・・
これはやばい。
腰痛いって、こんなに大変だったのか!

コンビニエンスストアで
一番下の棚の商品を取ろうとしてひっくり返ること5回。
漫画喫茶でふと立ち上がったとき、腰がずんってなって、そのまま固まること3回。
くつしたがはけない!
ずぼんはけない!
おしりふけない!
なにこれなにこれ!

歳をとるって、大変だなあ。


そんなこんなで、近況の2つをやっとブログに書いて
まだまだいろんなこと、いっぱいあったのに
気力尽きる・・・・。

来月はまた検査入院。
毎回の恐怖・・・。

今日のブログもそうですが
さいきん、雑!って思います。
しゃべることが面倒臭いというか
伝える以前に
思っていることを言葉にするのが面倒くさくて
喋ってても途中で喋ることを諦めちゃう。

なんだこの面倒臭い病は!
面倒臭い!

一生分の面倒臭いを言い放ったら、きっと飽き飽きして
またいつもの自分にもどるんだろうと思っている。
から
大丈夫さ。


またね、




2016.05.19 Thursday  色々悔やんでばっかりだけど、そもそも自分が器用に立ち振舞えたことなんて、いままでだって1度もなかったじゃないかって思う、そういうところ。

情に訴えかけてくるその様も
無邪気さの服を着たお姫様も
なんだっていいんだよ。

それを個性と呼ぶには愚かすぎて
それを性格というには妥協すぎて

情じゃないなら
恩だとか、
自分自身の寂しさだとか
そういうのしかないのかい?って
久しぶり、知り合いに連れられて呑んだ店
夜の端っこで
そんなことを未だに思ってる。

夜を歩くのは
できればひとり
ごくたまに
本当にこころを許した誰かとだけでいいと思っている。
未だに。

わたしはわたしの惰性と
わたしはわたしのストイックさと
そういう間にいて
まあ、大抵は惰性が勝っちゃうわけだけど
このままじゃいけない
このままじゃ終わりたくない
ただそれだけだ。
若い頃に比べて
さらに周りは惰性だらけで
でも自分も惰性にまみれているから鈍ってるけど
叫ぼうぞ、
慢性!
そういって
振り切ろうぞ、今の自分。


孤独の形が、どんどん変わってく
孤独の種類が減っていって
孤独の切実さが増していって
孤独に慣れていっているひとの群れの中
あれ、孤独ってなんだったっけ。ってそんな具合。

ああ、そういう感じね。と
思うことは増えるけど
ああ、そういう感じね。の
具体例を挙げられないのは
やさしくなったからじゃないよ。

小さなノイローゼという曲を、はっと思い出した夕暮れ。
言葉の安さに踊っていた自分に気づく真昼間。

明日できることは、きっとできないこと。
その9分の7は一生かかっても、やらないこと。

自分を変えらるのは、自分だけだ

ふんばろう。ふんばろう。

なりたい自分になろうと思うこころを
もう忘れないようにしよう。




2016.03.23 Wednesday  些か疲れた。

書きかけの未公開ブログがアップされないまま今日も今日とて100を超え
未読のメールやラインが200を超え
60連勤中半分以上が過ぎて
良くわかんないけどとりあえず時間ができたら洗濯機を回してる。

君は良く「全員敵」っていうけどさ
個人的には誰も敵ではないし、誰も味方ではないと思ってる。
そして他人からみた自分はどんなもんかって思う。
個人的には5パーセントに敵と認知され
80%にはどうでもいい存在として認知され
15パーセントには時々思い出される要素の一つくらいと思ってる。
ざっとみて、大まかに分けて。

目指すところは人畜無害。
結構徹底してるから
大丈夫な気はしてる。

仕事終わりに友達とご飯を食べる。
ゆっくりゆったり遊んだり、話をしたいものだけど
なかなかそうもいかず
短時間でかっこむお酒や料理やタバコの味で
大抵ぼこぼこな記憶を頼りに家に帰っては
あ、家のことやったり、寝た方がよかったかな。って思うのは次の日のこと。
それは相手のせいではなくて、自分のせいで思うんだけど
理由としては
回らない頭でのミスだったり
起き上がんないからだだったり
うまく「人畜無害」に立ち震えなかった自分に対して思うこと。

この間、半年ぶりくらいに高校の同級生に会って
この間、1年ぶりくらいに親しいようなそうでもないような知人に会って
一瞬だけ思い出す昔のことや
べっとりしてる毎日のことや
雑になっていく毎日の中
瞬間瞬間で
今日はいい日だったな。とか
今日はなんかダメだな。とか
瞬間瞬間でいろんなものがリセットされてしまう感覚があって
気持ちが単発のものになればなるほど
努力や我慢やいろんなものを放棄しているような気持ちになる。

辞め損ねた仕事の関係で、現在3つ掛け持ち中で
もう年だし、からだ壊してるし、きびしいかな。と思ってたけど
おお、なんとかできるな。思いの外やれるな。と思い
結局、ああ、やっぱしんどいな、結構きついな。という結論。
夏前までには1つやめて
もうちょっとものを作る時間を作っていかないと
自分がダメになっちゃうような気がしたりする。
もの作ってないと
頑張ってる感覚がないと
自分の中で肯定できる自分がなくなって
くだらなくなっちゃって
まあ、頑張りすぎて、空回り過ぎて、余裕がなくなることの方が多いけど
何にも頑張ってないは何にも頑張ってないで、余裕がつくれなくなるもんなんだな。と
なんか今更だけど、まあそんな感じ。

仕事を頑張るのは当たり前だし
人に対して気を使うのも当たり前だし
自分のことは自分でしっかりやる。
そんなの大前提だし、
かといえ、それも上手にできないけどさ
でも、プラスアルファがないとさ
ダメになっちゃう。
余計ダメになっちゃう。
そういう、ダメな人種なんだと改めて。

最近、元同居人にオススメされた栗原ゆうちゃんがお気に入り。

はじめに感じたことを、信じて生きよう週間実施中。

とりあえず、今日はこれだけを書くのが限界。
でも、もっとちゃんとやりたい。
諦めたくない。
ただ、それだけ。


またね。




2016.01.11 Monday  いろいろおわった。あと少しで全部終わる。

いろいろおわった。あと少しで全部終わる。

だから、そこから先の自分をイメージする。


※※※   ※※※   ※※※   ※※※

いろいろおわった。あと少しで全部終わる。
孤独とかいろいろ
いろんなものが待っている。

久しぶりに魔女の宅急便をみて
久しぶりに、元居候にメールをする。

自分を振るい立たせるのだ!

ライブハウス大好きだったな。
ステージの上の孤独感も大好きだったな。
リアルなかんじ
うまくいかないかんじ
挑戦するかんじ
緊張感
孤独感の中の不自由さと自由。
好きだったな。

でもいろんなしがらみがあって、よくわかんなくなっちゃったから
もうライブハウスに執着しないで
発信できる別の方法を考える。
ライブハウスはいろんなしがらみがあるものってわかってたけど
でも、それ以上のものを信じてた。
でも、それ以上のものを信じるには
もうわたしは、年を取りすぎてしまった。気がする。

らしくないこというけど
その通りだと、思っている。

※※※   ※※※   ※※※   ※※※

明日はでんちゃんのお家に、しゅっちょう権守食堂。
おでんを昨日からしこんでる。
だしは4種類。
アク取りを20回くらいした。
手間がかかるけど
かけた分おいしくなるのだ、おでん。

権守食堂をしていて、覚えたことは何個かある。

その中で一番大事なのは自分の気持ちを持たないこと。

頑張って作るのは当たり前なんだけど
みんな酔っ払って、正直味とかいろいろわかんないから
あああ、、、がんばってつくったのに。。。。
なんて思わないようにすることが一番大事。

頑張るのは当たり前。
美味しく食べてもらうことは前提。
ただ振舞う!
美味しいまずい、どう食べる、どう思う、どう扱うかは相手次第。
期待しないこと!でも、美味しく作るようにがんばること!が、大切。

でんちゃんは優しいから
なんでもおいいしいおいしいといって食べてくれるからこそ
今までで一番美味しいおでんをつくる!意気込みで!

と、さっき味見したら味が薄かった・・・ぴんち!!


※※※   ※※※   ※※※   ※※※


本当に思っていること
全部絵全部、ブログでかけたらいいのにね!


※※※   ※※※   ※※※   ※※※

正宗がいう。
小学生の頃から
ずっと
正宗がいう

きっと、想像した以上に、騒がしい未来が僕を待ってる。って

小学生の頃から、今日までずっと、正宗はいう。

でも
そんなもん、ないってことも、重々分かっている、
もう30歳。

ずっと踏ん張ってる。
だから
踏ん張る以上のことを、今年はやろう。

まずは、今書いている小説から。


またね。




<< / 2 / 93 / >>

Profile

Archives

admin